2017年06月23日

い頃から人と会うた

揺れる馬車の中、エミーナが謝った。
 ルティシアは妊娠九ヶ月に入り状態が安定し、侍女と料理番、主治医まで連れて十数年ぶりに屋敷を離れた。
 エミーナの世話になるようにと言われ、王都にあるアルドリス邸へ行くものと思っていたのだが、恒例行事とやらの時期に重なったらしく、ルティシアも同行することになった。
「いいえ、こちらの方が無理ばかり言っているのだもの、気にしないで」
「あなたなら、そう言ってくれると思ったわ。場所は王都から馬車で二時間ほどよ。こまめに休憩を挟むけど、辛くなったら無理せずに言ってね」
 馬車に乗るのはこれが三度目だ。
 一度目は生家であるメリエールの屋敷から、戦利品として王宮に向かうときだ。忘れもしないあの長い旅路は、ルティシアにとって、重苦しく、処刑台に向かうような死を覚悟する道のりだった。座った椅子には布も敷かれておらず、馬車が揺れるたびにお尻が痛くなったものだ。
 
 ルティシアは座っているビロード張りの椅子を撫でた。
 中に綿がぎっしり詰め込まれ、ほど良い硬さと柔らかさがあり、馬車が揺れても全くお尻が痛くない。
 外装も内装も見ることはできないけれど、椅子の手触りや硬さだけで、いかに豪奢な馬車であるか分かるようだった。
 二度目に乗った馬車の椅子も同じような使用の椅子だった。アージェスに婚約を解消されて、王宮から森中の屋敷へ移った時だ。
 もしかすると、アージェスが用意してくれた馬車なのかも知れない。
 誰も、何もいわないけれど、そんな気がした。
 本当は分かっている。
 アージェスがルティシアをどれほど大切に思ってくれているのか。
 人も、物も、ルティシアのために、どれほど過ごしやすい環境を整えてくれているか。
 会わなくなって一月。
 少しは冷静に考えられるようになった。
 強くなりたい、そう思うようになった。
 母として、何より尽くしてくれる彼の為に。
 私もエミーナのように強くなりたい柏傲灣呎價
「ええ、ありがとう。とても座り心地の良い馬車だから、大丈夫だと思うわ……でも私なんかが一緒に行っても邪魔にならない?」
「その点なら心配御無用よ。ちょっと行くのに時間がかかるのがたまに傷なんだけど、寧ろうちの屋敷より広いし、快適よ。しかも、そこのお風呂温泉が出るんだから最高よ」
「お、温泉ですか?」
 隣にいるファーミアが、嬉しそうな声を上げた。
「そうよ。お肌にすっごく良いんだから。妊婦さんの疲れも取ってくれるし、きっとよく眠れるわ」
 気の合う人たちと馬車に乗って目的地を目指し、お風呂に入って疲れを取る。まるで冒険の物語を聞かされているようで、ルティシアの胸はこれまでに感じたこともないような、ふわふわとした期待感に膨らんだ。
「騎士がいっぱいきたーっ! あにうえっ、なんでなんでっ?」
「僕に聞かれたって知らないよ」
「きっと偉い人が馬車に乗ってるんだよ」
「良いこと思いついた」 
「え? なに? ……うんうん、それいい、それいい、そうしようっ!」
 目的地に近づいてきたらしく、子供達のはしゃぐ声が聞こえてきた。
「元気なお子様たちですね」
「自慢のやんちゃ坊主達よ。さあ、着いたわよ」
 エミーナの声に、ピクっと顔を強張らせた。幼びに嫌悪され、バーバラに襲われたことがきっかけで、ふとしたことから発作が起きるようになった。
 それは、どれだけ冷静になろうと、強くなろうとしたところで容赦なく押し寄せる。
 予期していたルティシアは、深く考えないようにしていた。しかし、いざ直面するとそうもいかない。
 エミーナもファーミアもいる。大丈夫だと鼓舞しながらも、これから会うアルドリス家の子供達や家人のことを考えると、不安に駆られる。
 また、悪魔と呼ばれたら……。



Posted by 成長路の葉 at 11:27│Comments(0)
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。